日記

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おとうさんへ

 お父さん、25日には長い間会えなかった人たち、みんなが寄ってくれましたよ。

 嬉しかったでしょう? あんなに毎月行くのを楽しみにしていた誠友会です。会が中止になってからは本当に寂しそうでした。お父さんをとても気の毒に思いました。

 でも来れる人たち五人来てくれましたよ。思い出ばなしで楽しい時を過ごしました。うちの子達三人も参加させて、ここにお父さんが居たらどんなに良かったかと、新たに死んでしまったことに胸が詰まります。

 会に来ることが出来なくなったひとが増え中止となってしまい、その人達の体を心配していましたね。まるで自分より先に死んでしまうのではないかと心配して。

 きのうは7月3日が四十九日になるのをを繰り上げて、無事満中陰の法要をすませました。

 20数年もの間没交渉だった甥も来てくれましたよ。生きてる間に会えていたら、どんなに良かったかと残念に思いました。でもこれからはお付き合いがスムーズにできることでしょう。

 息子達や私らと近況を話し合い、長年の空白もすっかり埋めることが出来たと思います。
お父さんのお陰です。
 
 普段会うことが無かった人たちと会え、心を通じ合う事が出来ました。よく人に頼りにされるお父さん、死んでからでも人を寄せてくれるのですね。

 きのうはありがとう、今日からお盆までしばらく間が空きますが、先にそちらに行っている人たち、二人の息子達に会ってくださいね。そしてお盆にはいっしょに帰って来て下さい。しばらくはさようなら。
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by mariasizu | 2014-06-29 15:20

いよいよあと一週間

 いよいよあと一週間、四十九日の法要で一区切りがつく。仏になるということか。

 言い伝えによると、あの世に旅立つといわれている。この家から出て行ってしまうことになるのか、淋しいことである。一日一日と別れの日が近づいてくる。

 とは言え、現実はお供えのお膳を作るのが大変である。初めのうちは一日三度お膳を作ってお供えしていたのが、他の人の話では、ご飯だけ供えるとか、お坊さんは朝ご飯は食べないから、一日二食で良いとか聞くと、つい面倒になったり、お供えするおかずが無かったりして、横着してしまう。

 そんなことで、法事が終わればやれやれとなるのだけれど、やはり一抹の淋しさがある。

 四十九日が済んだら仏さんが居なくなったり、お盆が来たらまた帰ってきたり、そんなことを信じて、新仏のための白木の舟、飾りものや、お社や、果てはお社に上がるための梯子まで要る。

 考えるとままごと遊びのようで、ばかばかしい。しかし、そこが寂しい人の心を癒やす昔の人の知恵なのか。
本当に現実的に理論的に考え何もしなかったら、心は虚しく何時までも癒やされる事は無いであろう。

 例え心の片隅でばかばかしいと思っても、昔からのしきたりに従って、四十九日の法要を済ませ、お盆のお祭りをするのが、気持ちの上での区切りとなることだろう。

 子供を亡くした時に思ったことであるが、お供えのお膳を作るのも、死んだ人のために作るようだが、悲しみのため、食欲が無くても作れば少しは食べることになる、結局は生きている者のためになる。昔の人の知恵であろう。
 因みに私は、子供を亡くした時とは違い、食欲はふつうである。
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by mariasizu | 2014-06-23 13:55

しんとした日曜日

 ふっと思う。なぜこんなに静かなのかと。今日は、夫の死後始めて味わう静かな日曜日、何もかも停滞している。

 この日曜日までは誰かが居たり、ばたばたしていたり出掛けたりして、ゆっくり出来なかった。

 こんな時間があるときにやるべき事を早く済ませてしまおうと、公共料金の名義変更手続きをしようと思ったら、今日は日曜なんだ電話ができない。

 昨日やっと、私名義のクレジットカードが届いたので、既に用意が出来ているカード払い申請書に記入しようと、書く段になって名義変更を先にしないといけないことに気づいた。各々の機関に名義変更の電話をしようとしたのだ。

 行けないで延び延びになっていた病院に、思い立った時に診察の予約をしておこうと立ち上がったが、ああこれも駄目、日曜日なんだ。

 静かな時間が流れていく。今日は何をしたらいいのだろう。

 
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by mariasizu | 2014-06-08 15:31

届け出完了

気が重い種々の届けが完了。

 今日、遺族年金の請求手続きに娘と行き、これでひとまず届け出が完了。

 預金通帳も名義変更し、礼状,葬後通知のはがきも息子が作って発送まで済ませてくれたので、やれやれである。

 後は四十九日の法要の段取りである。

 スマホに変えて、アドレス電話番号の変更通知も、中々出来ずに気になっていたのだが、これも今日済ますことが出来た。

 登録お願いのメールを送ったところ、何人かの人から、お悔やみの電話をいただいた。
何だかこんな時に、携帯を変えたことに対して後ろめたい気分を引きずっている。

 携帯を買ったのは、主人が死ぬ四五日前のことで、今日まで変更通知が出来なかったのだが、通知を受けた人はそんなことを知る由もない。ああ、気分が滅入る。
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by mariasizu | 2014-06-04 00:37

まだこの家に

葬式の読経のとき、いよいよ行ってしまうのだなと言い知れない寂しさにおそわれたものだが、四十九日までは、まだこの家で、わたしたちを見守っているのだ。
何をやっているのだ、馬鹿なやつだときっといらいらしながら見ていることだろう。

対外的なことは全部夫がしていたため、今となってはもう私がやらないわけにはいかない。

だが、不安と煩雑さと、やらなくてはならないとの思いが交錯しながら、体が思うように動かない。

その上、夫の亡くなる少し前、スマホとやらに買い換えることにならり、それの操作も覚えなくてはならず、イライラが募っている。

早く落ち着いて、ゆったりとした気分になりたいものである。
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by mariasizu | 2014-06-02 07:53